----- MAPPING WORLD インタビュー! 箱根からくり美術館 -----

リニューアルを経て生まれ変わった「箱根からくり美術館」

― 新しく登場したプロジェクションマッピングと伝統工芸のコラボとは?




江戸時代交通史の重要な史跡、箱根関所に隣接する「箱根からくり美術館」。
日本の伝統工芸「寄木細工」が活用された美しい装飾について知りながら、からくりを解かないと開くことができない秘密箱に触れたりお土産としても購入できたりと、国内外からも大変人気の高い観光スポットです。
その箱根からくり美術館が、2024年3月20日(水・祝)にリニューアルオープン。2階の寄せ木細工体験ブースにはプロジェクションマッピングによる没入体験型シアターも登場しました。
今回、そのプロジェクトの経緯とプロジェクションマッピングを活用した空間づくりのプロセスについて、箱根からくり美術館運営元の丸山物産代表 丸山一郎さん、次長兼指導員 涌井崇至さん、映像制作に携わったカラーズクリエーション株式会社のSunnana Inc.のサトウケイさん、吉田 敬さん、Ayako Shinoharaさんに話をお伺いしました。

聞き手:MAPPING WORLD編集局
撮影:Philippe H.

箱根からくり美術館とは



─ はじめに”箱根からくり美術館”とはどういった施設なのか教えてください
丸山 一郎さん(以下、丸山): 箱根地方に伝わる伝統的工芸品「箱根寄木細工」の製作工程や道具、歴史、過去の名工達が製作した様々な作品を展示、紹介している美術館です。一部作品は実際に触って遊ぶコーナーも設置しています。

─ 運営元の“箱根丸山物産”についてもご紹介をお願いします
涌井 崇至さん(以下、涌井):箱根丸山物産は代表取締役丸山一郎の祖父が昭和初期に神奈川県足柄下郡元箱根9番地、箱根神社の鳥居横で始めたえびす屋が原点となります。その後、先代へと受け継がれるとともに寄木細工専門店へとなりました。

この地域の特産品である日本伝統的工芸品「箱根寄木細工」を、組合の歴代名工に支えられながら多くの人に提供し伝統文化を守り伝承して世界に発信するよう努めています。

寄せ木細工と秘密箱

特殊なカンナで種板を薄く削る涌井さん


─ 箱根の特産品「箱根寄木細工」とはどのようなものですか?
涌井:「函根の山は天下の嶮」と歌われた箱根の山は簡単に人を寄せつけない分、豊かな木々に恵まれています。古くから材料を求めて職人が移り住み、ロクロを挽いて茶器やお盆などの挽物(ひきもの)が作られ、やがて木材を組み合わせた箱や引き出しのような指物(さしもの)が作られるようになっていったそうです。

「箱根細工」の名は寄木細工がはじまった江戸時代より前から評判だったようで、豊かな材料と高度な箱根職人の技。その2つの支えがあったから、箱根ならではの寄木細工へと発展してきた歴史があります。

箱根寄木細工は数多い有色天然木材が持つ材の色彩と木目を充分発揮させながら、伝承されてきた修練の手技により寄せ合わせ、幾何学模様を表現した大変精緻を木工芸術で、特殊な鉋で薄く削り小箱類に貼る「ヅク」と、寄木の種板をそのまま加工し、製品の厚みが全て寄木で出来ている、量産の難しい「無垢」という二つの製法があります。

この技術による製品は、箱根小田原地方に江戸時代より現在まで継承されてきた貴重な伝統的工芸品で、わが国では他に例を見ない独特な木工芸品です。

─ 「秘密箱」も人気のお土産の1つですが、寄木細工との関連性は?


涌井:秘密箱とは、内部や表面に仕掛けを施し、一定の操作を行わないと開かないようにつくられた箱のことです。日本では、19世紀末に箱根の大川隆五郎が考案した物が最初とされています。

江戸末期より、箱根が観光地として発展する中で、様々なアイデアをこらした「お土産」が作られてきました。その結果、多くの職人達の中に、高度な木工技術・アイデアが蓄積されてきました。

箱根で生産されている秘密箱は、表面に日本の伝統工芸である寄木の技法による装飾がつけられ、これは、装飾と同時に表面にある木材の繋ぎ目(仕掛けの関係で面の中央など不自然な位置にあることが多い)を隠す効果もあります。

なぜプロジェクションマッピングを起用?



─ 箱根は古くから新旧のアイデアが交わる場所だったのですね。今回、プロジェクションマッピングが起用された背景とも関連が?

涌井:代表 丸山一郎の「より多くのお客様へ箱根寄木細工を周知できないか、どのように周知すればいいか」という想いのもと、4年の構想を経て今回の企画が完成しました。

プロジェクションマッピングとのコラボに行きついたのは、構想初めに小田原城で行われていたプロジェクションマッピングを知り、この現代の技術を伝統工芸とコラボできないか、と考え、旧友であられるプロジェクションマッピング協会理事 藤井様へとの御縁がある中で構想が形へとなりました。

─ 投映されたプロジェクションマッピング映像をご覧になっていかがでしたか?
丸山:現在、日本人でさえも日本伝統工芸品 箱根寄木細工の成り立ちや歴史を知らない方が数多くいらっしゃいます。

今回、出来上がったプロジェクションマッピングの作品は、寄木細工を全く知らない国内外の方へ、言語を超えて驚きや感動を共有できる視覚、聴覚で訴えかける一つの素晴らしい作品になっております。

映像制作を手掛けたクリエイターに見どころを聞きました!

今回制作を手掛けられたカラーズクリエーション株式会社のSunnana Inc.(映像担当:サトウケイさん、Music担当:吉田 敬さん)、Ayako Shinoharaさんにお話を伺いました。

Sunnana Inc.サトウケイさん(左)、吉田 敬さん(右) Ayako Shinoharaさん


─ 今回の映像作品の世界観などについて教えてください
サトウケイさん(以下、サトウ):この作品は“木魂伝承 紡ぐ未来”というタイトルなのですが、制作開始時に訪れた箱根の風景、歴史やエピソードを元にストーリーが完成しています。

様々な種類の木々の力強さ、これまでの工芸品の数々に、脈々と受け継がれる職人の魂を感じました。その魂が木々から産まれ、収束し文様となり、未来に受け継がれ未来が紡がれていく。そんなストーリーを盛り込んでいます。

─最後に壮大な寄木細工の世界が広がる様子が美しかったです
『人類は進化し、鉄に頼らず木だけの世界に収束していく未来 ─
そこでは寄木細工の技術を活かし街はデザインされ、全てのプロダクトに文様が刻まれている』

寄木の球体がエネルギーの源となり、その文様(回路)からうまれるクリーンエネルギーで人々が生活しているという、空気がおいしくて平和な世界が広がっている未来を描きました。

─ 寄木細工の文様が回路となりエネルギーを生む、というのはとても夢のある設定ですね
サトウ:実は光合成を電力に変換できれば、植物からエネルギーを得られる未来が実現できるとも言われています。なので、荒唐無稽な未来感ではないのも面白いところです。

─ 日本の伝統技術をモチーフに制作してみていかがでしたか?
サトウ:近年、我々Sunnana Inc.の作品づくりのコンセプトの一つに、「和」のデザインの考え方をどのようにして表現に取り入れるか?というテーマがあります。世界で活動をしてきて実感してきたのですが、「和」のデザインに囲まれて生活しているということ自体、非常に強みである事を知りました。

そんな中、箱根の伝統的な寄木細工に取り組むことができる機会を与えていただき、非常に光栄でした。

ベルリンのブランデンブルク門に投映されたSunnana Inc.の作品/Festival of Lights Berlin 2023


─ 映像制作する上でこだわった部分など教えてください
サトウ:できる限り職人さんたちの作った文様を撮影した写真素材からテクスチャを作り、本物の質感を再現した点です。

当初はIllustratorやPhotoshopで全てパターンを制作しようかと思っていたのですが、現地に行って職人さんたちの細かな寄木へのこだわりを目の当たりにし、その模倣は容易なものではないと感じました。

もちろん我々も使用する機会は増えましたが、AI等の表現が増える中、手仕事のアナログの揺らぎを制作に取り入れることの大切さを再認識できた非常に勉強させられる時間でした。

Ayako Shinoharaさん(以下、Ayako):私も日本人の手仕事の繊細さや丁寧さを大切に再現するということを常に心掛けていました。

幾何学模様や繰り返すパターンは、コンピュータ上では比較的簡単に作成できます。私たちは、単に形を再現するのではなく、その背後に込められた意味や伝統を理解し、映像によってそれを表現することを無意識に行なっていたと思います。

箱根の寄木細工の魅力の一つに、木の質感や色合いが持つ温かみがあります。サンナナさんとはその部分を大切に制作しました。そのため、映像で表現する際にも、できるだけリアルな質感を再現することにこだわっていました。

涌井さんから寄木細工についてのレクチャーを受けるAyako Shinoharaさん


─ Ayakoさんは現場でとてもステキなアイテムも見つけられたそうですね
私は案件に取り組む時は大抵、その案件のアイコンをお守りにします。今回は寄木細工でできたピアスです。お店で見て一目惚れでした。制作中に迷った時はこのピアスをつけたり、近くに置いて制作していました。

─ 理解を深め制作に取り組む姿勢は、きっと作品を通して観客の皆さまにも伝わるのではないかと思います
本格的に制作する前に熊本から弾丸でサンナナさんが現場に来て下さったのですが、たくさんの人に観て、喜んでもらえる作品ができあがるよう、皆さんと一緒にと九頭竜神社にお参りにいきました。

丸山社長と涌井さんともお話しして、色々とイメージが湧いた日でした。この日からチームがさらに一丸になった気がします。

日本の伝統工芸である箱根寄木細工の美しさや魅力を、プロジェクションマッピングの映像と音楽を通じて表現することができたことを誇りに思います。

─楽曲も映像だけで無く施設や近隣ととても調和がとれた作品となっていますね。そこには特別な「音」が使用されていると聞きました


吉田 敬さん(以下、吉田):はい。事前に幾つか寄木細工の制作工程のビデオを拝見したのですが、最初から気になったのは作業工程での印象的な作業の「音」でした。

なので、プリプロの段階からそれを意識した曲構成を組み、実際に現地でもその音そのものを録音してそのまま楽曲でも使っています。

─ 具体的にはどういった「音」を使用されたのですか?
吉田:カンナで削る「シュッ」といった音や木材を整える際にでる「カンカン」といった寄木細工制作時に発生する音です。

─ どこでその音が使われているか意識しながら映像を見ると、より寄木細工の世界に没入できそうですね
吉田:そうですね。現地で風景を見て、触れて感じたものを僕なりに解釈し音で表現しています。映像は記録に残せますが音は人の記憶に残ると僕は思っています。

他にも、三味線の津軽じょんがら節部分は2部構成となっているのですが、演奏はそのままにwith J-ROCKという感じにアレンジしているので感じ取っていただけたら嬉しいです。

─ こちらも新旧のコラボという部分で寄木細工・秘密箱の歴史に通じるところがありますね
吉田:コラボということであれば、自分は六角麻の葉が一番気に入っている柄なのですが、今回の曲はメインの音を6音、伴奏のフレーズは別リズムにしてポリリズムにしています。これは寄木細工の精密なデザインの表現と、そこに六角というのを意識した結果です。

また4/4拍子の曲なのですが、琴にメインの6音、違和感はないけど独特なリズムになっている後ろで、実は秘密箱の開けている音をそのまま混ぜています。
─ ここにもさまざまな仕掛けが施されているのですね!ぜひ注目して鑑賞いただきたいポイントです。他にもおすすめのポイントなどあればご紹介ください

サトウ:打つ合わせの際、丸山社長に最新の秘密箱とか見せてもらったり、歴史の話など伺ったりしました。その際、クローバーの秘密箱など見せて頂き、シーンに取り入れています。

こちらも映像と合わせて、ぜひ現物をご覧になってみてください。そのステキなからくりは感動必須です!



箱根丸山物産が目指す未来


─ 江戸時代以前からの伝統技法を継承しながら時代ごとの最新技術を取り込み、常に訪れる人を魅了してきた箱根寄木細工の世界ですが、その伝道師的役割を担う箱根丸山物産が次に目指す場所を教えていただけますか。
丸山:弊社では、過去、筑波大学視覚特別支援学校の丸山教授様との御縁から始まり、東京都立立川学園などの様々なダイバーシティの方との出会いがございました。

施設のバリアフリー化や手話動画といった取組を行っており、実際に体験工作に来店された方々からは評価して頂くと共に感動して頂き、弊社の原動力になっています。

こうした取組を評価頂き、Japan Travel Awards 2023では、グランプリとアクセシブル部門の受賞を致しました。

今後は、価格ではなく価値に力を入れていけるような、現在、大手企業が行っているNFT化も視野に入れています。

─恵まれた豊かな自然と共に新旧の優れた技術を交わらせることで、訪れた人々を驚きと感動でもてなしてきた箱根の地。これから繰り広げられていく新しい未来がとても楽しみです。ありがとうございました。